恐竜が本を支配する時
今は書き手にとって実に奇妙な時代だ。エージェントは出版社になり、出版社は「エージェンシー・モデル」に移行し、自費出版作家の中には百万ドル単位で稼ぐ人もいる ― すべては電子書籍があらゆる部門で紙より売れているからだ。雑誌、新聞が死にゆき、ブログやアグリゲーターが繁栄し、両者の境界線はぼやけてきている。昨年Appleは、彼らの救世主だった。今はぶち壊し屋と罵られている。
では、ライターは何をすべきなのか。
このところ私は主としてデベロッパーであるが、かつて何冊か小説(世界を駆け巡る技術屋についてのスリラー)を伝統的出版社から出版したことがあり、およそあらゆる新出版形式も試してみた。私の近刊(リスに関するエピック都市ファンタジー)は、クリエイティブ・コモンズで発行し、Kindleで自費出版した後出版社に売った。Vertigo Comicsのグラフィックノベルや、エンジニア向けの無料オンラインコミックの脚本も書いた。さらに本誌にも、雑誌にも書いている。そして、私の作家遍歴のすべてを通じてわかったことがこれだ。
ウィリアム・ゴールドマンによる名言、誰も何も知らない。
これは、すばらしい。
ゴールドマンが言っているのは1970年代のハリウッドのことだ。スティーブン・スピルバーグが独力でブロックバスター時代へと導く前だ。今や、70年代の音楽もファッション、政治、経済、そして文化もみな時間の無駄だったかもしれないが、映画にとっては史上最高の時代だった ― その〈理由〉は間違いなく、誰も何も知らなかったから。だから実験するしかなかった。悲しいかなそれは、映画業界が型にはまった三幕芝居で観衆を喜ばせる方法を覚え、 レイジング・ブルやイージー・ライダーたちがおとなしくなるまでのことだった。
今、書籍の世界がそんな時代に入ろうとしている。ジャンルもターゲット市場も簡単に決められれない質の良いストーリー? 実験的な形式やコンテンツ? そう遠くない昔、それは大きな問題だったかもれない。今はしかし ― 誰も何も知らない。私が大手出版社たちを〈恐竜〉と呼ぶようになってから数年が過ぎたが、徐々に彼らも実験する意志を高めざるを得なくなってきており、仮に彼らがやらなくても、 いつでもアマンダ・ホッキングのように自費電子出版できる。もちろん、そんな本の大半はクズだし、残りの大半もヒットすることはない。しかし、少しはカルト的名作となることもあり、稀には現代のゴッドファーザーになる作品もあるかもしれない。
ライターは何をすべきか? 私の答えは、この熱き実り豊かな混沌に栄光あれ。今ほど書き手にとって良い時代はない。
しかし残念なことに、これは同時に、読者にとって悪い時代でもある。恐竜たちがまだわかっていないからだ。音楽業界による10年間の実物教育にも関わらず、彼らは未だに理解できていない。われわれは痛みを伴って次のことを学んだ。メディア消費者は ― リスナーであれ、視聴者であれ、読者であれ ― 次のどちらか一つを欲しがっている。
- DRMフリーの作品を適正価格で
- あるいは、ストリーミングまたはDRM付作品を一回払いの無制限利用で
どちらかを与えれば、彼らは喜んで金を払うだろう。iTunesを見よ。Netflixを見よ。しかし、どちらも与えなければ、違法コピーする。で、出版社は今を何をしているだろうか。
- DRMフリー書籍の販売を拒んでいる。私のデビュー小説は、HarperCollins UK傘下のFriday Projectから今年、再電子出版される予定だ。編集者も私もDRM無しで出版されることを望んでいる。しかし、それを実現させられるとは思えない。
- 図書館の電子書籍利用を邪魔している。
- そして、購読サービスらしきものは一切提供していない。
書籍の違法コピーは ― 起きていることはたしかだが ― 大きな問題ではない。私の本、Blood Priceも買わないほどケチなのか? ここに海賊版がある ― しかし、私はここに予言する。恐竜たちとその脅し戦術やモラル・パニック、道徳的ジレンマが、大々的な問題となるのは時間の問題であると。読者諸君には申し訳ない。たぶん代わりに自分で書いてみるといい。最近はその方がずっと面白いから。
[画像:Geek and Poke]
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(翻訳:Nob Takahashi)


