Googleとモノポリー劇場

先週、Googleの反トラスト聴聞会で、いくつかの大切な瞬間と、上院議員たちがGoogleの社会に与える危険性を指摘するところを見た私は、自分が劇場にいたことに気付いてショックを受けた。ただの劇場ではない、モノポリー劇場だ。この概念の元になったのは、セキュリティー劇場で、これは「セキュリティーが改善されたようなフィーリングを与えつつ、実質的には何もしていないのも同然のセキュリティー対策」を表す用語だ。同じように、Googleのモノポリーパワーとそれに対する政府に対策ついて話すことは、競争条件を改善しているようなフィーリングを与えながら、実際には殆ど何も改善していない。

この聴聞会では、Googleの市場競争力に関する多くの深刻な問題が取り上げられたが、最終的にはただのモノボリー劇場だった。反トラスト監視官たちがGoogleの競争に関して行うことで、実際に競争を改善するものは何もない。

米国検索市場シェアの65~70%、検索広告の75%、そしてモバイル検索の95%シェア(聴聞会に提出された数字による)を占めることを考えるれば、Googleが検索においてモノポリーパワーを行使している事実を主張することはさほど難しくない。しかし、モノポリー状態であること自体は違法ではない。政府が措置を講じるためには、Googleがそのモノポリー状態を反トラスト的に濫用していることを証明する必要があり、そこが厄介な部分なのである。

Googleはさまざまな意味で、自然独占である。その優位性は、独自の経済規模によって得られたものだ。多くの人が検索すればするほど、多くのデータがアルゴリズムに投入され、より良いより正確な結果を生み出す。多くの人がGoogleを使うほど、そこにリーチしたい検索広告主にとって、Googleの価値が高まる。つまりそこでは、検索する消費者と広告主という式の両辺に、繊細なネットワーク効果が起きている。

Googleはサービスの殆どを無料で消費者に提供しているため、Mathew IngramがGigaOmで指摘する通り、消費者が損害を受けているという議論には無理がある。しかし、消費者の直接的損害だけが、反競先的行動の判定材料ではない。競合相手を市場から追放することは、消費者の選択を減らすことから、反競争的と考えられうる。

上院聴聞会が指摘しようとしていた主な問題は、Googleが検索の独占状態を利用して、自社製品を競合製品より優遇しているのではないかという点だ。Google PlacesはYelpに損害を与えていないか、Google Product SearchはNextTagに損害を与えていないか? 間違いなく与えている。Yelpのケースでは、GoogleがYelpレビューの抜粋をGoogle Places構築に利用していた(最近さらにGoogleはZagatを買った)。Yelpは異議を申し立てたが、もし気に入らないのならYelpの結果を、通常検索を含めて一切のGoogle検索結果に表示されないようブロックすることができると言われた。これは誤った選択である。なぜなら、Yelpのトラフィックの75%は、何らかの形でGoogleから来ているからだ。「Googleにないものは、インターネットに存在しないのと同じ」と、Yelp CEOのJeremy Stopplemanは聴聞会で証言した。

もう一つ聴聞会で何度も取り上げられているのが、銘柄記号を検索した検索結果のトップにGoogle Financeの結果が要約して表示される件だ。地元店舗を検索した時に、Google Placesの結果が画面の大部分を占めるのとよく似ている。Googleはこうしたユニバーサル検索結果を2007から提供している。検索ユーザーが求めている答え、例えばちょっとした株式チャートなどが提供可能であれば、Googleはそれを提供する。

上院議員の質問に答えて、GoogleのEric Schmidt会長はこう言った、「このケースでわれわれは誰かを最初に表示するということはしていない。概要を表示し、次に結果を表示している。われわれが他者に何らかの差別をしているという評価には同意できない」。彼は、株式検索で最初に表示される自然検索結果は通常Yahoo Financeであり、Googleはユニバーサル検索結果自身の中でライバル金融サイトへのリンクを提供していると指摘した。これはたしかにその通りだが、株式に関するユニバーサル検索結果の上位3リンクは、大てい直接Google Financeを指している。銘柄記号やチャートをクリックすれば、Google Financeのページに飛ぶし、Google FinanceはYahoo Finance、MSN Money、Dialy Finance、CNN Money、Reutersより前、ティッカーのすぐ下に最初に表示される(下の画像参照)。

どれを取ってものっぴきならない証拠に見えるだろう。こうした事例を使えば、Googleが、検索における独占的立場を利用して、同社の他製品へと消費者を導いているのを示すことが可能だ。Google FinanceもGoogle Placesも、その他Googleの非検索製品の成否は、その製品自身の功績で決まるできではないだろうか。企業が既存製品のユーザーに対して新製品を紹介することは一般的慣習だが、モノポリーには別の規則が適用される。そして、Googleは賢明にも、こうした行動の一部を、政府に言われる前に抑制するかもしれない。

しかし、仮にGoogleが特定のライバルに損害を与えているとしても、それは市場全体に損害を与えているという意味ではない。結局Googleは始終アルゴリズムを変更しており、自然の結果として上がるサイトも下がるサイトもある。YelpやGoogle Placesのどちらが良い結果を提供しているかどうかを証明するのは、きわめて主観的問題だ。Googleが消費者にとって最高の結果を提供しようとしていることを誠実に主張できる限り、反トラスト法廷や政府がそれを罰することは難しい。

それにもしGoogleが独占力を濫用しているとして、それが何だというのか。Googleに対するいかなる是正措置も、Googleをそのままにしておいた結果の不確定な帰結より、消費者にとって悪い結果になるかもしれない。もしGoogleが、検索エンジンへの変更をすべて反トラスト検査に通さなくてはならないとすれば、殆どの人たちが一年365日依存している検索が台無しになりかねない。

上院はこの可能性を認識しているとみえ、反トラスト法廷が不利な裁定を下した場合に、Google自身がどのような改善策を提示するつもりかを、再三尋ねた。アル・フランケン上院議員が、有志の技術委員会による監督の可能性を示唆したとろろ、Googleの顧問弁護士、Susan Creightonがこう(実に適切に)回答した、「Googleは今でもアルゴリズムを年間500回変更している。技術委員会は市場の変化に追随するには遅すぎると私は考える」。

聴聞会はモノポリー劇場だった。時には茶番でもあった。上院議員たちは、Googleから外へ飛ぶ青いリンクが10本だけだった2004年の言葉で、Googleと検索を定義しようとしていた。しかし、今日の検索は全く異なっている。徐々にGoogleは、正解を検索結果自身に表示しようとしている。そして、他に全く同じことをやろうとしているのが誰かご存じだろう。Bingだ。Googleに2004年バージョンに戻れと言う一方で、Bing等は消費者に対する情報提供の新しい方法を実験し続けられるとすれば、それは検索の革新を阻止することに他ならない。

政府や反トラスト弁護士は過去しか見られない。技術の変化はあまりにも早く、彼らが提案するあらゆる改善が改悪になる。Microsoftに何が起きたかを見てほしい。そのモノポリー力は、インターネットとGoogleそして(最も近くは)モバイルコンピューティングによってむしばまれていった。いずれも、1990年代の反トラスト裁判の頃には予期できなかった力だ。Googleにとっても同じだ。検索は、人々がインターネットで情報を発見する主要な方法の座を、ソーシャルに奪われるかもしれないし、まだ誰も口にさえしていない全く新しいテクノロジーが取って代わるかもしれない。インターネット上のモノポリーは、もはや以前のように永続的ではない。

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(翻訳:Nob Takahashi)