Appleの“高い壁に囲まれた庭”の地中には何があるのか

Appleが、UDIDにアクセスするアプリを全面的に禁じたことは、iOS App Storeのルールを強制する役を演じるときのAppleの、長期にわたる迷走ぶりの、また新たな一歩であるにすぎない。たしかにAppleはデベロッパたちに、UDIDは今後サポートされないと警告したが、iOS App Storeに関するAppleの声明の多くがソロモン王のおふれみたいで、不明確、曖昧、いろんな解釈が可能だ。デベロッパの多くが、iOS 6のリリースまでに対応を済ませればよいと想定しているが、実はそれは甘いのだ。
もちろん、それは今に始まったことではない。政治的に問題のあるコンテンツだとしてアプリを拒否したり、 PodcasterやMailWranglerのようなアプリは“機能が重複している”として全面的に拒否するが、何百もの天気予報アプリは見逃すなどの滑稽により、デベロッパたちは不確定性に直面し、それがiOSのエコシステムに、痛いほどネガティブな効果をもたらしている。App Storeが、iPhone用のサードパーティ製のまともなメールアプリに門戸を開いたのは、開店から3年以上も経ってからだ。
最近のAppleはやや軟化したようだ…いや、少なくとも、正しいことをしないと恥ずかしい、と思う能力は身につけたようだ…でも今回のUDID問題の取り扱い方を見るかぎり、Appleのプライオリティは変わっていない: 世界に冠たるApple(Apple über alles)、その次がユーザ、そしてさらにその次がデベロッパだ。
UDID黙示録とPathの失態のあいだには、両者を混同できない明確な一線がある。Appleは自分の背後を守ろうとしているのだが、それはまた、App Storeでビジネスを構築することには絶えずリスクが伴うことをも、示している。AppleのUDIDの取り扱い方は、アプリに対するAppleの基本姿勢を表している。それが、個別の企業のビジネスモデルに影響を与えるだけでなく、結果的に業界全体のあり方を左右してしまうのだ。
すでにUDIDの代替手段は入手できるが、Appleがそれには鉄槌を下さないのか、それが明らかでない。Appleは、サードパーティのシステムや、あるいはMACアドレスの追尾や検出すら許すかもしれない。しかし結局のところ、Appleは実装方式は弾圧しないが*、追尾検出そのものを弾圧する。…という、忌まわしいやり方だ。〔*: 実装方式の違いによって手加減はしない、無害なものでも許さない…次のパラグラフ参照。〕
危険のないUDIDの使い方は多い。その弾圧はとくに、モバイルの広告業界に深刻な影響を及ぼす可能性がある。広告主たちは、ユーザの層別ターゲティングによって広告効果が上がる、と信じている。ユーザの特性把握はUDIDが頼りだから、Appleはそのような広告を妨害することになる。妨害が及ぶ範囲、それはまだ分からないが。
iOS App Storeのルールやその変更に関して、Appleは基準を設けよ、と論じることはできる。しかしそれは、言うは易く行うは〜〜の典型だ。Apple自身も、自分がどういう基準でApp Storeのルールを作り、あるいは変更しているのか、分かっていない。同社のやり方は完全に、いわゆる“出たとこ勝負”だ。iOSの開発の各段階で、こういうビジネスモデルならいける!という線は見えてくるのだが、それと同時に、Appleが手綱を引き締めようとするときには、また新たな不確実性がもたらされる。
たとえばこんなシナリオを想像してみよう。最近はHighlightなどの位置対応ソーシャルネットワーキングアプリが、電池を食らいすぎると非難された。バックグラウンドでデータをたえずブロードキャストしているようなアプリは、AppleがiOS 4でバックグラウンド処理を可能にしたとき、想像しなかったかもしれない。でも、お利口なハッカーたちがその使い途を思いつき、ご覧のように、ソーシャルネットワーキングがまた一歩進化した。
しかしこの電池の問題が、深刻なPRの問題に発展したらどうだろう? あるいはもっとまずい例として、破廉恥なデベロッパたちがバックグラウンドデータを何か不埒な目的に使ったらどうなるか? そうなるとNew York Timesのようなメジャーなマスコミも取り上げるだろうし、お役人たちから質問状が来るかもしれない。それにはたぶん、前回の質問状をそのまま使える:
“この事件は、AppleのiOSデベロッパのポリシーや実践が、iPhoneユーザと彼らの交信先の情報の保護に関して欠陥があるのではないか、という疑問を喚起する。”
Appleはどう対応するだろう? Highlightのようなアプリを拒否するか、またはバックグラウンド処理に関するルールを変える。何百万ドルものベンチャーキャピタルのお金が突如として、たった今歩く屍になってしまった企業を支えている。
それはすべて、問題がAppleのせいになってしまうからだ…またまた。これまでもやはり、ほんのわずかでもAppleの汚点とされるような事項は、同じ運命を辿った。非難されるべきはもちろんPathだが、ついでにAppleも非難される。Pathの場合、Appleは何か間違ったことをしたのか? それは議論の余地があるとはいえ、かんじんなのは、Appleがそれが起きることを許容した、というイメージだ。
App Storeは、次の10年もこんな調子か? Appleとデベロッパとの綱引きが、いつまでも続くのか? Appleには、迅速に対応しなければならない、デベロッパに相談しているひまはない、というプレッシャーがある。お役人が何かをかぎつけたときには、官僚主義的に期限など設けていられない。Appleは、今のような巨大企業であるかぎり、マスコミと政府のコンスタントな監視の的になる。同社の大成功はしかも、まだまだ衰える気配はないのだ。
以上がAppleの精神状態であるかぎり、デベロッパは打たれ続ける。とくに、収益を広告やID追尾に依存しているデベロッパは窮地に陥る。Appleは広告が支えているアプリには配慮する、とあなたがお考えなら、私も考え直そう。たしかにAppleのコマーシャルには、広告で収益を得ているアプリがたくさん登場する。だからUDIDの追尾禁止が広告に依存しているアプリにとって有害となるのなら、それはAppleが、自分が望むものを禁じたことになる。
結局のところ、UDIDの取り扱いという問題は、それ自体が病気ではなく、もっと大きな病気の症状にすぎない。その、App Storeの不確実性という病気は、デベロッパにとっても、企業にとっても、業界にとっても、そしていちばん重要なユーザにとっても有害だが、Appleがその不確実性を減らしていく明確な道筋は見えてこない。むしろその不確実性は、iOSの進化を止めることもなく、またAppleが忠実に守っている、1年に2回の危機に迅速に対応するというスケジュールを、廃棄することもない。庭のまわりに高い壁が立っているかぎり、人びとはその門番の言うことを信ずるしかない。
しかし別の角度から考えるなら: 子どもが悪戯をしたら親が非難される。そして一人の子どもが悪戯をしたら、すべての子どもが罰せられる。…今のApp Storeにあるのは、そんな光景だ。
[画像出典: Rosser1954/Wikipedia]
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(翻訳:iwatani(a.k.a. hiwa))


