Appleの通知センター経由のFacebook、Twitterへの書き込みは、人々を傲慢にするかもしれない
自分のことだけ書ける時に、誰かについて読むだろうか。WWDCで発表されたFacebookへの「タップして投稿」とTwitterボタンはiOSおよびOS X Moutain Lionの通知センターに現れるので、あなたはいつでもスワイプするだけで共有できるようになる。しかしこれは、FacebookやTwitterに行く必要がなく、そこで他の人たちの作ったものに遭遇することもなく、それらが与える””ambient intimacy”[つながっている安心感]を弱め、そこが自意識過剰な放送チャンネルと化していくことを意味している。
作成者とコンテンツが分離されることによって、共有することがブラックホールに向かって叫ぶように感じられてくる。ありがとう、Apple。あまりにソーシャルが不得意なあなたは、私たちをよりアンチ・ソーシャルにしようとしているかもしれない。
我々は今、ごく少数の企業が人々のコミュニケーション手段の大部分を支配するという前例のない新時代に突入しようとしている。何億という人々に押しつけられた一見小さなインターフェース変更が、我々のコミュニケーション方法に劇的かつ予想外の変化をもたらす可能性がある。FacebookのiOSへの統合は月に人を送り込むのと比べて意味がないという主張もある。私の考えは全く逆だ。何億人もの人々の毎日の生活に本当の影響を与えるものはそのうちの一つだけだ。
FacebookとTwitterは、以前からその投稿ボックスを他のユーザーが共有したコンテンツのすぐそばに置いている。これは、近況アップデートを共有すると、必然的に友達の生活について読むことになる、という意味だ。専用の共有タブを作るのではなく、FacebookとTwitterのモバイルアプリは、自分について話し終わったユーザーをコンテンツフィード画面に戻すよう、巧妙に共有ボタンを設計している。

しかしいずれOS XとiOSの通知センター経由で共有するようになると、我々の書き込みは「これについてどう思う?」ではなく「これが私のやっていることです」のように、「ラスベガスで面白かったことは何?」ではなく「見て、私ラスベガスにいるの」のように変わっていくかもしれない。微妙な違いだが、後者が自慢しているように見えるのに対して、前者はれっきとした会話を始めようとしているように感じられる。
これは我々の精神状態に悪いだけでなく、Apple製品からFacebook、Twitterへと向かう一方通行によって、我々の書き込みに対する「いいね!」やコメントやリツイートの数も減る可能性がある。これは、再会の機会が減り、サイトやアプリを訪れる理由が減り、彼らの収入源である広告を見る機会が減ることを意味している。
Appleの我々を便利にするための終わりなき探求は、一部ソーシャルネットワークの魂を吸い取ることになるかもしれない。9億人が叫んで誰も聞いていない、というのはあまり居心地が良さそうな場所には思えない。
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(翻訳:Nob Takahashi)


