次の10年がMicrosoftの正念場

Microsoftは、同社としては初めての下降四半期を報告することによって、ひたすら成長を続けたこれまでの数十年に別れを告げた。このニュースは、Microsoftにはびこる官僚主義やWindows Phoneハンドセットの売上の伸び悩みなどに関するいくつかの記事とともに、同社からの人心の乖離を示唆している。今ではもっとも熱心な支持者ですら、同社に対し??の気持を抱(いだ)いているようだ。
近年のMicrosoftは、完封負けではない。それどころか、Xboxは鮮やかな成功だし、Windows 8はユーザインタフェイスとユーザ体験の革新をもたらすかもしれない。しかしながら、ここ数年同社には不発弾が多い。Zune、C#、Vista、携帯電話のKinシリーズ、そしてタッチインタフェイスとWebサービングという二大商機への乗り遅れ…。これらを見るかぎり、誰もがMicrosoftという薔薇の花の盛りは終わったと思うだろう。公式発表によると社員数94290という大企業だが、Kurt EichenwaldがVanity Fair誌に書いているように*、同社の奇妙なベルカーブ的評価システムが優秀なエンジニアたちの不満をつのらせている。新卒のMBAやCS専攻者たちはこれまでに何度も、Googleなどの元気なシリコンバレー勢に比べてMicrosoftは、巨額を抱えながら新しい価値を何も追究していない、という光景を目にしている。〔*: 関連記事。〕
Microsoftがモバイル、PC、エンタプライズなど主要部門を核にバルカン半島化しつつある、と言ったらそれは言い過ぎだろう。それに、死期が迫っているわけでもない。むしろぼくが言いたいのは、Microsoftは同社がテクノロジのエコシステムに向かう姿勢そのものを考え直し、企業としてのポリシーを刷新すべき、ということだ。それによって失うものも多いと思うが、失ったものはいずれ取り戻せる。
まず第一に、ぼくならBallmerをCEOの座から外すことを真剣に検討するだろう。Bill GatesにはAltair時代の愛すべきマイコン少年の面影があり、COBOLを書き殴りながら成長したベビーブーム世代に希望を与え、その次のジェネレーションX世代にとって彼は、自分たちを、混乱と、高校の卒業パーティーの夜に一人淋しくファミコンで遊ぶ人生から救い出してくれるナードのリーダーだった。一方Ballmerは、良く言って誰からも無視、悪く言えばJim Cramerとオランウータンを結びつける奇怪なインタフェイスだ。彼はビジネスには有能だが、Windows 7のインストールを彼にデバッグしてほしい、と思いたくなるタイプではない。Microsoftに未来を予見するリーダーは要らないが、しかし“何か”が必要なのだ。
第二に、自己バルカン半島化が必須だ。たとえばWindowsグループとモバイルグループが互いに技術的に関わる必要がなければ、両者は互いに無干渉であるべきだ。エンタプライズグループに関しても同じ。今、古参のMicrosoft社員たちがYammerの人たちをどう扱っているか、想像しただけで身が震える。彼らはYammerの連中のフレッシュな脳を、徐々に壊してしまうだろう。Windows Mobileの例が示すように、Microsoftはそれぞれ単独の技術分野ではなく、総合的なエコシステム作りを目指していた。それは、間違っている。むしろ、いろいろな技術分野が社内で成功を競うべきだ。チーム内や一つのプロジェクト内で争うのではなく。
レガシーのハードウェアをサポートする必要性が、会社を硬直化させている。そこで第三の要件は、消費者の陳腐化を断行すること。企業の最重要のハードウェアの上でWindows CEが動いている、という光景を何度も見たことがあるが、そのたびに、このみっともない状態はもしかして永遠に続くのではないかと思った。でも、あらゆるものに後方互換性を持たせようとすることは、優れた企業戦略とは言えない。Windows 8がどれだけ新しい優れたシステムであっても、XPにしがみついている人たちが大量にいる現状では何の役にも立たない。彼らは、うちのマシンではWindows 8は動かないと言うだろう。そんな彼らに、フレッシュなマシンで動くWindows 8のすばらしさを見せてやるべきだ。次々と新しいものを追う消費者である必要はないが、しかし少なくとも彼らにはときどき、最新のマシンで動く最新のシステムを見る機会を与えるべきだ。その経験は、価値あるエクササイズになるだろう。モバイルについても同じことが言えるし、Appleはデスクトップでもそれに成功している。
もちろん、MicrosoftはPalmやRIMの二の舞にはならない。戦力も資金も大量に持っている。しかし同社が第二のIBM…頭脳流出とその結果としての視野狭窄…になりたくなかったら、次の10年について真剣に考え直すべきだ。それとも最後は、オーストラリアに亡命かな。


