米国初の女性宇宙パイロットであったSally Ride、齢61歳すい臓癌にて死去

sallyrideSally Kristen Rideの名をお聞き及びだろうか。博士号を所持する宇宙飛行士、そして物理学者でもある。さらに1983年には32歳にして米国人女性として初めて(加えて当時としては最年少で)宇宙に飛び出した。その彼女が61歳の若さで亡くなった。原因はすい臓癌で、オフィシャルサイトの記事によれば17ヶ月間の闘病の末ということであったようだ。

61年というのは最近にしては短い人生であったといえよう。しかしその短い人生の中で、彼女は多くのことを成し遂げた。生まれたのは1951年5月26日、ロサンゼルスにおいてだった。Rideは幼少の頃から科学に興味を持ち両親を驚かせたらしい。オフィシャルバイオには「彼女は科学キットを使い、望遠鏡をのぞきながら大きくなった」と記されている。彼女はテニスの奨学金を得て、ロサンゼルスのWestlake Schoolという女子高に進んだ。そこから27歳までにスタンフォードから4つの学位を得た。英文学士号、物理分野での理学士号、物理学修士号、そして物理学博士号だ。

博士号を取得したRideは、ある日スタンフォードの学生新聞にNASAによる「宇宙飛行士募集」の広告を発見した(滅多に見かけない募集広告で面白そうだ)。Rideのサイトによれば、当時はちょうどNASAの転換点にあったようだ。宇宙開発の目的が軍事目的オンリーから、純粋な科学目的ないし数学的探求に移りつつあったとのこと。

その頃まで、宇宙飛行士といえば軍のテストパイロットがなるものでした。もちろん男性ばかりでした。しかし今回は、科学者やエンジニアを外部から募集しているのです。しかも女性の応募も受け付けていました。

NASAによると男性女性あわせて8,000人以上が、その年の募集に応募してきたのだそうだ。採用したのは35名で、うち6名が女性ということになった。そしてそのうちの1名がSally Rideだったというわけだ。

1980年代初頭、第2回および第3回スペースシャトルミッションでの地上通信員の仕事(冒頭の写真は、まさにその任務にあたっているときのものだ)を経て、彼女自身2度、宇宙に行きそして帰ってきた。まずMission STS-7でChallengerに登場し、1983年6月18日にケネディ宇宙センターから宇宙に飛び立った。そしてSTS 41-Gにて1984年10月5日、やはりケネディ宇宙センターを出発している。Rideは、合計して343時間を宇宙で過ごしたことになる。

1987年にはNASAを退職して、Rideは子どもたち、とくに女の子たちの関心を科学技術に向けるための教育活動に注力していた。2001年にはSally Ride Scienceを設立し、学んで楽しい科学教育のプログラムを立案し、さらに小学上級生や中学生レベルの生徒たちに向けた出版物の作成などを行なってきた。

Rideの死去にあたり、オバマ大統領が次のコメントを発表している。

妻のミシェルと私は、Sally Ride史のご逝去を耳にして大変悲しく思っているところです。初めて宇宙に飛び出したアメリカ人女性として、Sallyは国民的ヒーローであり、またパワフルなロールモデルとしての役割を担ってくれました。数多くの女の子たちに星への夢を持たせ、教育現場における科学および数学の重要性についてずっと主張していました。Sallyは身を持って人間がもつ無限の可能性を示してくれましたし、彼女の残したものは今後もずっと語り継がれていくのだと思います。親族および友人の方々にもお悔やみを申し上げるとともに、今はSallyが安らかに眠ることを祈っております。

まだまだこれからの活躍が期待できるRideを失ったのは非常な痛恨事とも言える。さまざまな分野がまだまだ彼女を必要としていたのだ。願わくば彼女の遺志を継ぐ女性があらわれ、Rideが切り開いてきた途をさらに進んで欲しいと思うのだ。

[原文へ]

(翻訳:Maeda, H)