IBMの耐量子磁気テープ記憶装置には聞き流せない重要な意味があった
技術業界で誰かが「量子」という言葉を使い始めるたびに、私は両手で耳をふさいで、話が終わるまで歌をうたうことにしている。IBMが発表した量子コンピューティングに対する安全性が保たれるテープ記憶装置の件でも私は歌いかけたのだが、よく見てみると、けっこう重要な話だった。
断っておくが、その言い方はちょっと誤解されやすい。テープ自体が耐量子というわけではまったくないからだ。量子ビットが超低温の牢獄から逃げ出してデータセンターや企業の本社の地下室にあるテープ記憶装置にちょっかいを出すなどといった心配があるわけでもない。問題は、量子コンピューターがいよいよ実用化されたときに何が起きるかだ。
量子のウサギの穴の奥深くまで身を投じるまでもなく、量子コンピューターと従来型のコンピューター(現在みなさんが使っているやつ)がまったくの別物であることは誰もが承知している。ひとつ例を示せば、現在のスーパーコンピューターでも膨大な時間がかかる計算を、量子コンピューターなら一瞬で済ませてしまうというような点だ。原理は聞かないで欲しい。ウサギの穴には入らないと言ったはずだ。
量子コンピューターが得意とするであろうものに、特定のタイプの暗号がある。量子コンピューターは、現在使われている暗号化技術の多くを簡単に破ってしまうと推測されている。最悪のシナリオはこうだ。ある人が暗号化されたデータを大量に保管していたとする。今は鍵がなければ使えないデータなのだが、未来の悪者はそれを解錠できてしまう。これまでどれほど情報漏洩があったかを考えると、また自分たちの人生が丸ごと盗まれずに済んでいるのは暗号化のお陰であることを考えると、深刻な脅威だ。
IBMやその他の企業は先を見ている。量子コンピューターは今はまだ脅威ではない、よね? ハッカーでもなければ、それを本気では使っている人はまだいない。しかし、今買ったデータの長期保存用にテープ記憶装置は「業界標準」の暗号化技術を使っているため、10年後にはハックされてすべてのデータが漏洩してしまうとしたらどうする?
それを予防するために、IBMはそのテープ記憶装置の暗号化アルゴリズムを、最先端の量子コンピューティングによる暗号解読技術に耐え得るものに切り替えている。具体的には「格子暗号」だ(またもやウサギの穴だ。入りたい方はどうぞ)。このような機器は数十年間使い続けられることが想定されているのだが、その間にコンピューター事情が根底から変わってしてしまう可能性がある。将来、どの方式の量子コンピューターが登場するかを正確に予測することはできないが、少なくとも、ハッカーが大好きなカモにならないよう対策しておくことはできる。
テープそのものは、ごく普通のものだ。事実、システム自体は先週あなたが買ってきたものと、まったく変わらない。違うのはファームウェアだけだ。つまり、古いテープ記憶装置でも、後から耐量子技術を実装できるということだ。
量子コンピューターは、今のコンピューターと同じようには使えないが、来年どうなるかは誰にもわからない。10年後は当たり前になっているかも知れない。そのため、これから数十年先まで業界で頑張るつもりでいるIBMのような企業は、今から対策を考えておく必要があるわけだ。
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(翻訳:金井哲夫)