マスク氏の「年末までに自動運転を実現」という発言は「エンジニアリングの現実とは一致しない」とテスラ社員
Tesla(テスラ)の社員がカリフォルニア州の規制当局に語った内容をまとめた文書によると、同社のElon Musk(イーロン・マスク)氏が公言している完全自動運転システムの開発状況は「エンジニアリングの現実」とは一致していないという。
この文書は、公的データの透明性を支持するサイトのPlainsite(プレインサイト)が情報公開請求によって入手し、その後に公開したもので、マスク氏が語っているテスラの先進運転支援システム「Autopilot(オートパイロット)」の性能や、同社が年内に完全な自動運転機能を実現できるという話に、誇張があることを示している。
テスラの車両には「Autopilot」と呼ばれる運転支援システムが標準装備されている。さらに1万ドル(約108万円)を追加して支払うと、オーナーは「Full Self-Driving(FSD、フルセルフドライビング)」機能を利用することができる。これは、マスク氏がいつか完全な自動運転を実現すると約束している機能だ。FSDは何年も前からオプションとして提供されており、年々着実に性能と値段が上昇している。しかし、この機能を装備したテスラのクルマは、現時点では完全な自動運転車ではない。FSDには、駐車場などで無人のクルマを呼び寄せることができる「Summon(サモン)」機能や、高速道路の入口から出口まで、インターチェンジや車線変更を含めて、車両の走行を導くアクティブガイダンス運転支援機能「Navigate on Autopilot(ナビゲート・オン・オートパイロット)」機能が含まれている。この機能はドライバーが車載ナビゲーションシステムでルートを設定する度にオンになる。
しかしながら、テスラの車両は完全自動運転のレベルに達するにはほど遠い状態であり、同社のAutopilotソフトウェア担当ディレクターであるCJ Moore(CJ・ムーア)氏が、カリフォルニア州の規制当局に対する発言でこの事実を認めたことが、件の文書からわかった。
「イーロンのツイートは、CJのいうエンジニアリングの現実とは一致しない」と、カリフォルニア州車両管理局の自動運転車担当部門の規制官たちと、ムーア氏を含むテスラの従業員4名との話し合いをまとめた文書には書かれている。
カリフォルニア州車両管理局のMiguel Acosta(ミゲル・アコスタ)氏によって書かれたこの文書によると、ムーア氏はテスラのAutopilot(およびテスト中の新機能)を「レベル2のシステム」と称している。この言葉は、自動運転の世界において重要な意味がある。
SAE International(自動車技術者協会)が策定した基準では、自動運転技術はレベル0からレベル5の6段階に区分されている。そのうちムーア氏のいうレベル2とは、加速および減速と操舵という2つの主要操作をシステムが自動的に制御できる(つまりアダプティブ・クルーズ・コントロールとレーン・キーピングのような機能を備えている)段階であり、しかし運転の主体はあくまでも人間のドライバーにあることを意味する。つまり、レベル2は(自動運転というよりも)先進的な運転支援システムに過ぎない。最近ではテスラ以外にもGMやVolvo(ボルボ)、Mercedes-Benz(メルセデス・ベンツ)などの新車に搭載されることが増えている。テスラのAutopilotとさらに高性能なFSDは、一般消費者向け市販車で最も高度なシステムであると考えられていた。しかし、今や他の自動車メーカーも追いつき始めている。
これがレベル4になると、特定の条件下では、人間の介入なしにクルマがすべての運転操作を自動的に行えることを意味する。その実現に向けて、現在Argo AI(アルゴAI)、Aurora(オーロラ)、Cruise(クルーズ)、Motional(モーショナル)、Waymo(ウェイモ)、Zoox(ズークス)などの企業が取り組んでいる。そして遠い目標として広く認識されているレベル5は、あらゆる環境において一切の条件もなく、すべての運転操作を自動的に処理できることになる。
以下はAcosta(アコスタ)氏の要約で重要な部分の抜粋だ。
車両管理局はCJに対し、イーロンが年末までにレベル5の性能を実現すると語ったことについて技術的な観点から申し述べるように求めた。CJによると、イーロンのツイートはエンジニアリングの現実とは一致しないとのこと。テスラは現在、レベル2の段階にあるという。さらに高度な自動運転に移行するためには、運転操作を自動化する改善が100万から200万マイル(約161万〜322万キロメートル)も先に進む必要がある。イーロンがレベル5の自動運転について語る時、この改善の進むペースを推測して発言しているとテスラは指摘し、同社ではこの改善の進むペースが、年末までにレベル5を実現する段階に達するかどうかは明言できないとしている。
公開された文書では、コメントの一部が削除されていた。しかし、Plainsiteは、PDF上で空白として表示される削除部分を、別の文書からコピー&ペーストすることができた。
この文書に書かれているコメントは、マスク氏が公の場で繰り返し発言してきたことに反している。
マスク氏は、Twitter(ツイッター)や四半期ごとの決算説明会で、FSDの進捗状況について頻繁に質問を受けており、中にはこのオプションを購入したオーナーから、いつソフトウェアアップデートで実現するのかと問われている。1月の決算説明会でマスクは「2021年中に人間を超える信頼性でクルマが自動運転できるようになると強く確信しています」と語った。2021年4月には第1四半期の決算説明会で、マスクは「それは本当に、極めて大変なことです。しかし、我々はこれを成し遂げることができると、私は強く確信しています」と述べた。
今回公開された文書には、より高度な自動運転の実現に向けてテスラが力を注ぐ試験に関する情報も記載されていた。その中には、高速道路だけでなく都市部での運転にも対応する機能「Navigate on Autopilot on City Streets(ナビゲート・オン・オートパイロット・オン・シティ・ストリート)」のベータ版をテストしている車両の数なども含まれている。車両管理局の担当者はテスラの従業員に、この機能をテストするために参加者はどのような訓練を受けているのか、また、販売チームは車両の能力と限界につどれくらいきちんと顧客に伝えているのかということも質問している。
3月に行われたこの面談の時点で「シティ・ストリート」のベータ版をテストするパイロット・プログラムに参加している車両は824台。そのうち約750台は従業員が、71台は非従業員が運転していた。パイロット・プログラム参加者は37州にまたがっているが、カリフォルニア州が大半を占めている。2021年3月の時点で、パイロット・プログラム参加者は「シティ・ストリート」機能を使って総計15万3000マイル(約25万キロメートル)以上を走行している、と文書には書かれている。テスラは同月末までに参加者を約1600人に増やすことを計画していたという。
テスラは車両管理局に対し、同社では参加者向けのビデオの製作に取り組んでおり、次の参加者グループには既存の参加者からの紹介も含まれると述べている。文書によれば「新たな参加者は、登録されている車体番号に基づく保険のテレマティクスを見て、テスラが審査する」という。
プログラム参加車両に故障が発生したり、機能が解除されたときには、テスラがこれらの車両を追跡することが可能であると、同社は車両管理局に説明している。ムーア氏はこのような事態を「disengagements(解放、離脱)」と表現しているが、これは自動運転技術の開発や試験を行っている他の企業でも使われる用語だ。ただし、それらの企業とテスラで注目すべき最も大きな違いは、他の企業では安全運転の訓練を受けた従業員のみがテストを行っており、テスラのように一般オーナーをテストに使うことはないという点である。
関連記事:「気まぐれな」ツイートを続けるイーロン・マスク氏とそれを監視できないテスラ取締役会を同社株主が提訴
カテゴリー:モビリティ
タグ:イーロン・マスク、Tesla、自動運転、Autopilot、カリフォルニア州車両管理局
画像クレジット:Patrick T. Fallon / Bloomberg / Getty Images
[原文へ]
(文:Kirsten Korosec、翻訳:Hirokazu Kusakabe)