クラウドにおける競合–フレネミーになろう

編集者注記: このゲスト記事を書いたPrasad Thammineniは、スキャナーソフトとデジタルファイリングシステムを提供しているOfficeDropのCEOで協同ファウンダだ。Twitterで彼をフォローするには、@OfficeDrop_CEOへ。
これまでのソフトウェア企業の競争は、自分のコードを守り、似たものが現れるとそいつを訴えることだった。今日では、大手のテクノロジ企業の多くが、10年前には敵視したような企業にユーザを連れて行くという、それまでとは違う戦略をとっている。顧客のデータには鍵をかけるべし、という古い考え方を、クラウドが変えつつある。そして、あらゆるものが相互運用される新しいエコシステムが生まれつつある。つまり、過去には厳しい敵だった企業が、今では互いに協働する擬似的な友だち、言うなればフレネミー(frenemy(ies), friendとenemyからの造語)だ。
ソフトウェアは、ほんの数年前と比べても、大きく変わっている。アプリケーションのマーケットが発達したため、買い手は自分が必要とする機能だけを選んで買える…昔はまったく使うことのない機能を大量に盛り込んだ“bloatware”(ブロートウェア, 巨大で重いソフト)を無理やり買わされたものだが。いわゆるパッケージソフト(古語?!)はますます希少化し、今では小企業や消費者は一品料理のメニューから必要なものを選んでいる。しかもそれらの複数のオプションを、クラウド上で一体的に使える*。〔*: 訳注: ただし現状では、統合化は個々のクラウドベンダ…GoogleならGoogle…内に限られる場合が多い。〕
数年前、SalesforceのCEO Marc Benihoffが、(企業にとってインストールしづらいことで悪名高い)パッケージソフトの駆逐作戦を開始した。馬鹿げたPR戦術だと思う人もいたが、でも結局彼は正しかった。私企業規格のクローズドなシステムが、互いに接続された複数のサービスに置き換えられ、ユーザのデータはそれらのサービスの上を流れた。今年の初めにWashington Postは、GoogleやMicrosoftなどソフトウェアの巨人たちのあいだにコラボレーションが行われる、新しい時代が訪れた、と書いた。シリコンバレーの才能の世代交代こそが、この協力関係を駆動する力になる、と。
オープンなプラットホームと顧客の選好
Post紙の理論は部分的に正しいと思うが、でも、大きな要素はほかにもある。“プラットホーム企業”の出現と、それらがAPIを公開していること、それにより、大小を問わずテク企業にとって、「協力か死か」という環境が作られている。つまり、あらゆる機能を自分だけで作るのではなく、オープンなプラットホーム企業を利用すれば、外部企業がイノベーションや新たな開発を成し遂げることが可能だ(そうやって作ったものを閉鎖的に囲い込んでしまうこともあるが、その話は別の機会に)。オープンプラットホームの大型選手たちは、マーケット的なエコシステムを作り、その中でさまざまなユーザニーズに応じている。小企業は、大手プラットホーム企業の配布物を利用して市場競争に参戦する。今ではオープンプラットホームを利用しないソフトウェア企業は衰退する、といっても過言ではない。
フレネミー運動を推進するもう一つの勢力が、顧客だ。ユーザが探しているものはつねに、自分の特定の問題のソリューションだ。顧客にとっては、A社とB社が競合関係にあるなんてことは、どうでもいい。必要な、そして使いやすいサービスが両社にあれば、自分のデータをそれらのサービスaからサービスbに流したいだけだ。そのためにデータ形式の変換が必要だった時代は、とっくに終わっている。今では、CSVファイルをエキスポートし、操作し、結果を別のプログラムにインポートする、という手間すら禁物だ。今の顧客たちには、高価なブロートウェアをインストールし、そのお粗末な設計と毎日悪戦苦闘する気はない。彼らは、自分たちが選んだプラットホームの上で複数のサービスが完全に統合化されて動く/使えることを望んでいる。Appleでも、Googleでも、Evernoteでも、あるいはZendeskでも。統合化されていないものには、関心が向かない。
フレネミーのイロハ
では、競合他社と協力しなければならない環境で、どうやれば勝てるのか。他社は今や、ほんのワンクリック先にいる。一部のアプリケーションは、お互いによく似ているかもしれない。しかし重要な鍵は、(1)ほかの誰よりも良いものを提供する、(2)自分のサービスに他社が簡単に別のサービスをアドオンできるようにする、(3)多くの顧客がすでに使っているプラットホームとの互換性を完璧にする(顧客が自分の競合製品を使ってる場合でも)、以上3つだ。ユーザが古いパッケージソフトからのストレスでトラウマを抱えているとき、さらに新たなストレスを与えてはならない。クラウド上の複数のサービス間のオープンなデータ交換に参加することが、重要。いずれは、それが規準になるのだから。消費者も企業ユーザも、袋小路が嫌いだ。もちろん、コンピュータで使うデータに関しても。
しかしこれは、必ずしも自分で何らかのクラウドソフトウェアを開発する、という意味だけではない。たとえばハードウェア専業企業も、立派にこの環境の住人だ。うちの関連では、FujitsuのScanSnap Marketplaceは、スキャナをクラウドにうまく接続してくれる。それに、テレビが完全に対話的かつアプリを動かせるタイプになったら、やはりこちらへ引っ越してくるだろう。ケーブルテレビは、昔のパッケージソフト企業にとてもよく似ている。彼らもまた、オープンなマーケットへの動きを阻止しようとして、空しい抵抗をするだろう。
たぶんテクノロジ業界は、ついに長年の呪縛から解放されたのだ。コラボレーションと自由市場の競争性という、一見矛盾するものが有効に働く、サービスの提供形式…それは消費者には選択の自由という新しい価値を与えている。しかし、あなたはどう思うだろうか? このような非競争性が企業にとっても良いなんて、あまりにも突飛すぎるかな? それとも、これからのスタートアップは、このような提供形式/サービスの配布形式を乗りこなすことによって、伸びていくのではないか。
写真クレジット/Flickr/pagedooley
〔参考記事: インターネットの父Vinton Cerfによる「クラウドは80年代のeメールに似ている」…個々のクラウドシステム/サービス間に互いの接続がないことを、80年代のメールサービスになぞらえている。〕
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(翻訳:iwatani(a.k.a. hiwa))


