デベロッパプラットホームとしてのFacebook, いよいよ正念場(全産業のソーシャル化)を迎える

このゲスト記事を書いたJoe Greenは、Causesのファウンダで社長だ。Causesは、さまざまな社会活動のためのオンラインプラットホームとしてはもっとも大きく、そして最初のFacebookアプリケーションの一つだ。オンラインツールを作るときのGreenのやり方は、彼の、全国、州、地域などさまざまな広がりを持つ、オフラインの草の根的な政治活動や社会活動の経験に基づいている。彼は最近本誌に、Facebookのスマートリストに関する記事を寄稿した。今日(米国時間9/22)のf8カンファレンスの世話役でもある彼は、今日Facebookが行った発表の数々が、デベロッパプラットホームとしてのFacebookに与える影響を、深く理解している。情報開示: Greenは初期にFacebookのアドバイザーだったことがあり、今でもFacebookの株を少量保有している。
ぼくがFacebookに入ったのは2004年の2月だから、同社のいちばん初期の社員の一人、ということになる。そして2007年5月には、このプラットホーム上の最初のアプリケーションの一つを立ち上げた。今日発表された新しいFacebookプロフィールとオープングラフ(Open Graph)は、先週のスマートフレンドリストとともに、Facebookプラットホームの新時代の先がけとなるものだ。その新時代においては、すべての産業がソーシャル革命を経験するだろう。旅行も、リビューも、保健医療も、eコマースも、そしてもちろん〔Causesの対象分野である〕チャリティも、何もかもがソーシャル化する。
あれっ? そんなことは4年前に最初のF8で、Facebookがプラットホームを立ち上げたときから、言われていたことではないか? そう、確かに。でも、それは実現しなかった。これまでのFacebookプラットホームは、ほとんど、ゲームのための場、というイメージだった。もちろん、ゲーム以外にもいろんなものが作られたし、Causesもその一つだが、でも現状はまだまだ、それの持つ可能性がフルに開花しているとは言えない。
Facebookプラットホームの最初の夢は、デベロッパがソーシャルを核とする体験…Facebook Photosのような…を構築できること。しかもそのために必要なソーシャルネットワークは、自分で一から作らなくてもすむこと、だった。その後雨後の筍したソーシャルネットワークたちは、FacebookやMyspaceにないソーシャル機能を持とうと努めた。ぼくも、政治的なディスカッションのためのEssemblyというSNSを作った。そこでは、ユニークで革新的な、ソーシャルな対話が可能だったが、これまでのユーザ数は2万人にすぎない。
Facebookがプラットホームを立ち上げたのは、そんな状況に対応するためだ。オフラインでソーシャルである人生を、オンラインでもソーシャルにすること。Facebookはその目標をすでに、写真というすでに成熟に達していた分野で実現していた。このプラットホームでロンチしたアプリケーションの多さを見ても、ソーシャル化指向が強烈であったことが分かる: 音楽ではiLike、映画ではFlixster、旅行ではWhere I’ve Been、チャリティではCauses、などなど(Where I’ve Beenは、Facebookの内製のアプリ…地図…のようでもある)。ぼくらがCausesをこのプラットホーム上で立ち上げたのも、愛他主義は基本的にソーシャルなものであり、オンライン人間の核でもあるべきだ、オフラインでも多くの人たちがそうであるように、と信じたからだ。
Facebookプラットホームは、立ち上げの当初から、考えられうるかぎりの、ありとあらゆる統合ポイントを、すべて公開した。フレンドリストしかり、プロフィールしかり、ニューズフィードもメールも、そしてさらに、リクエストやノーティフィケーションといった新しいチャネルまで作った。Facebookが提供したいと考えた中核的な価値は、デベロッパが自分の製品をソーシャルにしたいと願ったときに必要になる、ありとあらゆるものだ。しかもそれを促進する潤滑油として(Facebookの後知恵だと思うが)、デベロッパに製品の流通/配布の便宜を与えた。しかし、この最後の一点こそが、結果的に、大成功の鍵だった。
このプラットホームの最初の4年間の二大特徴はこうだった: 1)Facebookがデベロッパに流通/配布の便宜を与えたためにコミュニケーションチャネルが大混雑した、2)Facebookのプロフィールはアプリケーションに永続性のあるプレゼンスを与えなかった。
コミュニケーションチャネル:
2007年5月25日の早朝、このプラットホームが某ホテルのボールルーム(デベロッパたちが床に座っていた)からロンチして以降、アプリケーションはインターネットの歴史上これまでなかったほど急速に成長した。Causesのインストールは最初の1週間で100万に達した。その、ゴールのないレースは、今も続いている。この大洪水のような成長の波は、フレンドからフレンドへという宣伝のコミュニケーションチャネルが、一斉に開かれたことによって生じた。また、どのアプリケーションも積極的に、フレンドの招待や、〜へのアプリの紹介をすすめた。
アプリの急成長のもう一つの原因は、それらの多くが、フレンドとの深いエンゲージメントではなく、軽い、したがって波及が速くて広い、エンゲージメントを作り出したからだ。Facebookはその後の2年間、スパム退治に注力し、そのために、それまでデベロッパに対し完全オープンだったコミュニケーションチャネルの一部を、排除したり制約したりした。残念ながらそれは必要なことだったが、中核的なユーティリティの分野では革命的なアプリケーションの開発を窒息させた。スパムなどによって濫用されがちなチャネルの多くは、同時に、ユーザ間の結びつきがもっとも深いコミュニケーションチャネルだったからだ。
Facebookが行った対策はしかも、逆にスパムを増やすことが多かった。デベロッパたちは、コミュニケーションのコンバージョンレートの低下に伴って、コミュニケーションの量を増やしたからだ。コンバージョンレートが10%なら、1クリックを得るために10のメッセージを送る必要がある。しかしコンバージョンレートが1%なら、同じ1クリックを得るために100送る必要がある。このプラットホーム上で成功したアプリケーションのほとんどが、ユーザに頻繁にかつ無差別に、大量のフレンドとコミュニケーションさせることのできたアプリケーションだ。
今日の発表も含めて、これまでの数週間に行われたことは、Facebookのコミュニケーションチャネルのパラダイムを、根本的に変える。具体的には、今ではFacebook上に2つのタイプのコミュニケーションがある。直接的なフレンドからフレンドへのそれと、フィードの記事だ。フレンドからフレンドへの直接のコミュニケーションは、フレンドリストにより適切なターゲティングができる。したがって、より広帯域のチャネルでも受容できる。誕生日記念のチャリティのための寄付募集リクエストを、無差別に選んだ50名のフレンドに送るのではなく、今では8名の親友にFacebookのメッセージやメールを送れる。
フィードの記事に関しては、新たにできたOpen Graphとその特定のエッジタイプにより、Facebookはフィードに入ってくるデータの性質をよく知ることができ、適切にフィルタできる。自分のフィードは手作業でフィルタできるが、フレンドリストで親友を上位にしておくと、フィードのコンテンツもより良質になる。Facebookの意図には反しているのかもしれないが、人びとは、自分の体験を良くするためなら、少々の作業ぐらいは進んでやるのである。
さらに、Facebook上でライブのストリームが始まってから初めて、Facebookは、リアルタイムとトップ記事ストリームをミックスして展開することにより、消費されるフィード記事の総量を増加させた。それは、ストリームにパブリッシュする者すべてにとって、好都合だ。
プロフィール
2004年にFacebookがロンチしたとき以来、プロフィールはこのサイト上のもっとも重要で、実は唯一のページだった。2006年にニューズフィードが加わって初めて、人びとの注意はプロフィールからやや離れた。それまで人びとは、フレンドのプロフィールを見ながらサイトをナビゲートし、自分のプロフィールをナビゲーションのスタート地点にした。プロフィールの内容は主に、プロフィールのオーナーが積極的に編集した関心事のリストだった。ニューズフィードが加わったことによって、ユーザのFacebook体験は主に、自分の最近の、あるいは頻繁な、アクティビティを表現することに変わった。しかしそれは、一時的に誰かの関心を惹くためには良い手段だったが、人の心や人格をとらえることはできなかった。
たとえば、自分の好きな映画は最近見た映画ではないかもしれない。しかしプロフィールの上では、そのことを効果的に表現する方法がない。せいぜい、情報タブに埋もれてしまうぐらいだ。あるいは、1年に1度だけ某慈善団体に送る寄付は、その人にとって、ゲームで行う50回の動きよりも、ずっと重要かもしれない。言い換えると、現在のプロフィールは、ゲームのような頻繁に使われるアプリケーションを利し、誰かが何かを本当に深く気にかけているという事実を見せることはできない。そのための方法が、それまではなかった。
いつもそうだったわけではない。最初のF8ですべての統合ポイントが公開されたが、プロフィールボックスはデベロッパとユーザにとって最大の関心対象だった。ユーザがほとんど使わないアプリでも、それがプロフィール上にあることは好まれた。“Where I’ve Been”という優れたアプリケーションは、世界地図をユーザのプロフィールに置き、そのユーザが行ったことのある国を高輝度表示した。しかし、コミュニケーションチャネルと同様に、プロフィールボックスもたちまちプロフィールを大混雑させ、当然ながらFacebookはそれを切り詰め、やがて全面的に廃止した。最後のプロフィールボックスが消えた日には、ユーザからの史上最多の苦情が押し寄せた。人びとが、自分の心を表現するための方法を求めていることが、痛切に明らかとなった。
今回の新しいプロフィールは、正しく機能するなら、ユーザが最近やったことの表示と、もっと全体的に自分という人間を表現することの、均衡を達成するだろう。重要なのは、たとえそんなに頻繁でないものでも、それがその人にとって本当に重要であると理解することだ。逆に、頻繁だけどその人にとって重要でない、というものもある。Facebookはこの重要なことの判別を、アルゴリズムでやろうとしているらしいが、しかし最終的にはユーザからの大幅な介入を要することになるだろう。今でも、フレンドリストがまさにそれだ。記事に’スター’(星印)を付けるのは、手始めとしては良いが、本当は記事の流れの中で随意にそれができるようになるべきだ。
Facebookに対して何をどう思おうとも勝手だが、意欲的でないという責めは当たらない。この約1か月で、彼らはサイトの重要部分のほとんどを、根本的に変えてしまった…プロフィールも、フィードも、フレンドも。何度も変えたものすらある。ユーザは例によって、最初は怒り、徐々に受容し、最後には愛してしまう。もっと大きな問題は、インターネットのエコシステムがこれにどう反応するかだ。Facebookは、いつものようにデベロッパにアピールしている: “あなたがデータをくだされば、われわれはあなたに流通/配布とエンゲージメントを与えます”。このトレードオフは、いつもねらいどおりにうまくいったわけではないが、でもこれからは、うまくいくと思う。
確信をもって言えるのは、音楽、リビュー、コマースなどオンラインのメジャーな分野のほとんどが、本物のフレンドからフレンドへの対話によって、革命的な変化を遂げる、ということだ。幸いにもCausesは、総額3000億ドルという大市場(チャリティ市場)で好調なスタートを切った。そのほかの市場でも、今の上位企業たちや、あるいはゲームにおけるZyngaのような完全な新人たちが、こぞってソーシャル化したら、その市場が一斉に活気づくことは確実である。
〔関連記事: Joe Green, F8後インタビュー。〕
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(翻訳:iwatani(a.k.a. hiwa))


